第二章 探偵と助手のきっかけ

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 思い出したくもない、嫌な記憶だ。
 あの男のせいだ。

『あの噂って本当だったんだな』

 あの男のせいで、私は。

『なあ、俺にもやらせてくれよ』

 私、は

『だって、お前は──…』










「─────っ!!!」

 ピピピ、ピピピ、と言うアラーム音が脇で木霊する。最悪の目覚めだ。

「くそ…っ、なんだってあの夢を…」

 理由は明確だ。あの探偵のせいだ。あの悪質な脅しのせいだ。

(お陰で…嫌なことを…)

 思い出してしまった。私は頭を冷やすため、ベッドから起き上がり洗面台へと向かった。





 今日からあの探偵事務所で働くことになった。意外にも朝が早いことには驚いたが、その点は会社勤めをしていた頃と対して変わらないので気にはならない。

(む…?)

 事務所のある建物の前に、及川の姿を見つけた。

「あっ、イクルミさん!」

 及川はすぐにこちらに気がつき、こちらへと駆け寄ってきた。

「本当に来てくれたんですねっ!てっきり怒って来てくれないのかと」
「む………まあ…一応、職を貰えることは有り難いのでな」

 と言うのは真っ赤な嘘だが。

「イクルミさん、先生が昨日言ったこと、気にしないでくださいね?先生は人に嫌がらせをするのが大好きなだけなんです」

(それはそれで問題があると思うが…)

 とりあえず私は及川と共に階段を上がり、事務所内へ入ることにした。鍵を開ける際、及川は思い出したように「イクルミさんにも合い鍵を渡してあげないといけませんね!」と言った。

「先生ー!!!おはようございますーっ!!!!」
「……及川さん、そんな大声で叫ぶと近所迷惑にならないだろうか」
「大丈夫ですよ!それに先生、これくらい叫ばないと起きないんです」

 室内は、まあ予想はしていたが汚く散らかっている。ファイルの山が無い点は、昨日よりはましだが。

(ここまで散らかせられるのも…ある意味才能だな)

 私は床に散らばる資料やら何やらを踏まないよう、慎重に室内へ入っていった。

「あれぇ?おかしいなあ」
「?」

 先に亘の自室らしき部屋に向かっていた及川は不思議そうに声を上げた。



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