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 全て消えてしまえばいいと、そう思った時があった。
 時間の流れと歳を取るにつれる影響でようやく過去の出来事になっていった感情だった。
 亘は胸ポケットから手帳を取り出す。普段滅多に開かない一番後ろのページ、背表紙と隣り合うページに、一枚の写真が挟まれていた。

 それは誓いだった。探偵としての信念を忘れないための。

 亘は写真にキスをした。不安に駆られた時、いつも彼はこうする。彼女の言葉が反復する。そうして、彼はまたこの世界に戻ることが出来るのだ。

 暫く目を閉じて、祈るように手帳を閉じる。そして目を開けた時には、彼はもうこの世界の住人だった。

「もうそろそろか」

 そう言って前を見据えると、路地の向こう側から華奢な人影が見えた。

「ただいま、及川君」

 それは及川だった。及川はぎょっと丸い目をした。

「先生、どうしたんですか?こんなところで」
「君の帰りを待っていたんだ」

 ちなみにこんなところというのは事務所があるアパートの非常階段の前である。そこで、亘は階段の手摺りにもたれ掛かっていた。
 帰り、と言っても事務所は及川の家ではないのだが、そこはまあいつもの事なので気にはしないのだが、

「外で帰りを待っていてくれるなんて、先生、ひょっとして風邪でも引いたんですか?」

 端からすれば厭味にしか聞こえないような台詞だが、割と大まじめである。何故なら亘がいつもと違う行動を起こす時は大抵非常事態が発生した時か、思考に異常をきたすような何かが起きた時だからだ。

「それは違うよ、及川君」

 しかし今回は後者ではなく前者だった。

「実は今、警部が来てる」

 と言って、亘は事務所のドアを見上げた。

「ひょっとして、依頼を貰ったんですか?」
「いや、まだだ」

 ?と及川は首を傾げる。

「実はまだ部屋に戻ってないんだ」

 ドアの方を見ながら、亘は言った。

「戻ってないのにどうして来たって解るんですか?」

 及川のその問いに、亘はくいと顎で路地の方を示した。そこには車が一台止まっていて、それを見てああと及川は納得した。



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