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「…落ち着いたか」
「………」

 その言葉に、亘は再び瞬きをする。泣きそうだった表情も、キスをされて唖然とした表情に変わっている。

「亘さん、あなたを連れていきたい場所があるんだ」

 私は言った。

「あなたが迷惑でなければ、どうだ?」

 亘は少し迷っているような顔をしたが、暫くして、首を縦に振った。








「あら、こんな昼間から珍しいわね」
「ちょっとな」

 私は亘を連れて件のゲイバーに足を踏み入れた。

「あら…?後ろの人は…」

 妃は恐る恐るバーの中へ足を踏み入れる亘を見て興味津々に話し掛けた。

「上司だ」

 私のその言葉に、亘はビクリと肩を揺らした。妃はあらぁと感嘆の声を上げると、亘に目配せをさせた。

「いい男じゃない…ここに来るってことは彼も…?」
「こいつはヘテロだ」

 妃は目を見開いた。

「ちょっと…じゃあひょっとして、あなたが前に言ってた…」
「どうだろうな」

 私は亘に中に入るよう促す。どうやら亘は、店内の異様な雰囲気に気がついているようだ。やたら私の方に視線み向けてくる。

「……ここはゲイバーだ」
「………やっぱりかい」

 亘は諦めたように私の後に続いた。私がいつもの席に座ると、亘もその隣に腰を下ろす。

「私の友人の、妃郁夫だ」
「…いくお君か」
「ちょっと!何気に本名吹き込んでんじゃないわよ!」
「見ての通りの男だが……いい奴だ」

 私は妃にいつも飲んでいるカクテルを二つ、注文した。亘の分だ。妃は私の言葉に少し照れたのか、「別にサービスなんてしないんだからね!」と言って後ろを向いた。

「友人か…」

 亘は呟く。

「………いいな」

 小さな、本当に小さな声だった。亘は言った。

「………亘さん」
「なんだい?」

 亘はいつもの調子で答える。しかし、その声にはいつもの会話を楽しんでいる様な抑揚はなかった。

「……お兄さんとやらと、何かあったのか?」
「……………」

 亘は俯いた。何も言わない…と言うことは、当たっていると言うことだろう。



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