辺りは暗かった。街灯もない、人通りもない。
私は一人だった。
(私じゃ、ない)
辺りにサイレンが鳴り響く。
(私は、何も)
真っ暗な視界の中、私は声も出さずに、立ちすくむことしか出来なかったのだ。
2月10日、午前11:00。私、生王誠二は留置所の中にいた。
瞼が重い。昨夜の厳しい取り調べで、あまり眠れていないのだ。私は簡易ベッドから身を起こした。鉄格子の柵の下の小さな隙間にトレイが差し入れられている。朝食のようだ。
(留置所の食事…か)
さて、味は如何程の物か。ベッドから立ち上がり鉄格子の傍まで歩み寄った。
(ん?)
外の廊下から声が聞こえる。どうやら人が来るようだ。扉が開き、若い制服を着た男性2人がこちらに歩み寄ってきた。留置所職員のようだ。
「生王さん、起きていますか?」
「…はい」
眼鏡を掛けた職員の1人は私の姿を確認すると手に持った書類と私の顔を見比べた。恐らく拘留中の人物達の書類だろう。職員はうむ、と言うと私と向き直った。
「実は、面会を希望しておられる方がおられます」
「面会?」
私と…?身内のいない自分に思い当たる節はない。
「弁護士か何かですか?」
「いいえ、…探偵の方だそうです」
(探偵だと…?)
鉄格子の扉が開かれ、私は職員2人に導かれるまま牢を出た。
留置所面会室。白く塗られた壁に四方を囲まれた個室だ。たった今私は入ってきた扉の横には警備員が1人立っている。
そして、ガラスによって隔たれた反対側、面会者側の席には、1人の男が座っている。
「………」
「…………」
「……………」
(な、何も喋らないのか!?)
黙ったまま肘を付きこちらを見ている男。私はとりあえず正面に備えられた椅子に座った。
「…何かご用ですか?」
「………」
(ぐ…っ)
「……僕は探偵だ」
いきなり口を開いた男に、私はギクリとした。
「それは…職員に聞きました」
「君が殺ったのか?」
(…この男、人の話を聞いているのか?)
「…殺ってません」
ふむ、男は鼻を鳴らす。肘を付いた状態でいた男は体を起こすと、背もたれにもたれ掛かり腕を組んだ。
「これは実に単純な事件だ」
あくまで僕にとっては、だが。男は言った。
「現場の状況も、証拠品も、どれも君を指し示している」
「…っ」
0-2へ