圭一×尊ss

 

 

 

 
 瀬川圭一の恋人は基本、何を考えているのかわからない。理由は簡単である。表情が無いのである。
 いや、正しくは表情の"変化"が無いのである。彼はまるで顔面にへばりついてあるかのように常に笑顔を浮かべているのだ。朝も、昼も、夜も。

 

「何見てんだよ…」
「何も?」

 

 今日も今日とて仕事終わりに恋人である栞那居尊の家に入り浸る半同棲生活。自分の家があるにも関わらずほぼ毎日やってくる瀬川に、尊は今の所何も言わない。先程も言ったが、いつも笑みを浮かべているだけの表情からは感情も何も読みようも無いわけで、果たして自分の事を迷惑がっているのかいないのかすらもわからない。ただ何も言わないので、なら大丈夫かとそれに甘えているのである。

 そして今、尊の作った夕食を食べ終えテーブルに肘をつきながらテレビを見ているのだが、そんな瀬川を尊はテーブルの向かい側から何故か凝視していた。

 

「何もじゃねーだろ、なんか言いたい事でもあんのか?」
「んん…」

 

 何かを言いたげにしながら、ぽりぽりの顎を人差し指で搔いている。どうやら何か悩んでいるようだ。珍しい。瀬川はテレビから目を逸らし尊に向き直った。

 

「なんだよ、言えよ」
「いやぁ…なあ……うーん…あのなぁ…」
「あんだよ」
「圭一は僕のどこが好きなんかなぁと思ってなぁ…」

 

 はあ???うっかり出たその声は思いの外でかくなってしまった。何言ってんだこのおっさん。

 

「なんだそれ、アホか」
「結構真面目な質問なんやけどなぁ」

 

 どこが好きとか、なんで惚れたとか、そんな事を気にする歳でも無いだろうに。そもそもこの男自体そんな事で悩むような繊細な人間では無い。案外図太いのだ。ちなみにこんな事を聞いている最中でもその表情は笑顔である。

 

「今日、ちょっと入り用があってな」

 

 尊はフイと目線を横に逸らし話し始めた。

 

「軍の方に行ってきたんやけど」

 

 軍。この国にはテロリスト対策としての軍隊があるのだが、この男はそれのOBであり創設者でもある。退役した今でも軍にとっては重要な存在で、何かと頻繁に呼び出されているのだと聞いた。

 

「そこで昔の部下に、随分久しぶりにおうてなあ」
「……ほう」

 

 ちょっと嫌な予感がする。そしてその予感は直ぐ様的中した。

 

「それはもう久しぶりやったから話も弾んでなあ、そしたら最後に、昔から優しくて頼り甲斐のあるところが好きでしたーやって」
「……………………ほーう…」
「あ、女の子なんやけどな」

 

 いやそこは問題じゃねーよ、女だろうが男だろうがそこは問題じゃねーよ。
 瀬川はピキリと額に音が鳴るのを感じた。つーか昔の部下ってつまり30超えたババアじゃねーか、下手すりゃこいつより歳上の可能性もある。何職場でちゃっかり告白してんだよ、テメェの歳考えろよ、こいつが独身だからって望み掛けてんじゃねーよクソが。瀬川は頭から溢れ出る数々の暴言を喉の奥底に飲み込んだ。
 尊は続けた。

 

「俺は優しくも頼り甲斐がある風にも接してたつもりはなかったんやけど、あの子にはそう見えてたんやなぁ」
「まあ優しいってのは顔と口調に誤魔化されてるだけだろうけどな」
「それで、そう言えば圭一は俺の事をどういう風に思ってるんやろうかと」

 

 成る程、それでさっきの質問に行き着くわけか。て言うか告白の下りはもういいのか?ちゃんと断ったんだろうなこのおっさん。どうも自分に対する好意に鈍い節があるこの男である。(本人は全く気付いていないが、その元部下の女以外にも軍の女子や俺の周りの女刑事連中にはわりかし人気なのである。)もしや告白と気付かずスルーしてきた可能性もある。後日調査する必要がありそうだ。

 

「で、どこが好きなん?」

 

 いつの間にか尊は瀬川の真横に迫ってきていた。

 

「どこって…」

 

 どうにも逃げられそうにもなく、答えるしかなさそうである。瀬川はその顔を今一度ジッと見つめた。
 相変わらずの笑顔だ。細められた瞳はまるで閉じているかのように弧を描いている。まつ毛はあまり長くはなく、目尻には年相応のシワが寄っている。同じく年相応にこけた頬と自分と比べてやや無骨な輪郭は男らしく、短い髪はボサボサとあちこちに跳ね、整えている様相は全くない。しかしそのスッと通った鼻筋は高く、横から見るととても整った印象を受ける。
 顔は突出して綺麗なわけでもないが、整っていないわけではないと思う。だがそれが好きになった理由かと言われると、しっくり来ない。
 圭一は輪郭から目線を下に移した。どちらかと言うと太い方ではある首に深く走った胸鎖乳突筋と、その真ん中にある呼吸の度に上下する喉仏はどこか色っぽい。この喉が、例えば顔を仰け反った時や、声を上げる時、息を詰まらせた時、淫らに震え上がるのを知っている。その先にある形のいい鎖骨は今は着物の襟に隠れて殆んど見えないが、やはり形が良く、その凹凸に舌を這わせ、きつく吸い上げ、所有の印を付ける、それがある意味愉しみの一つでもあったりする。
 さらにその下。厚くも滑らかな曲線を生む胸板は、かつて軍人であった事を沸々を思い起こさせる逞しい造形でもある。しかし現役ではない分柔らかさもあり、揉むと心地よい弾力があるのだ。腹もそうである。胸板を形作る曲線は腹筋にも至り、絶妙な凹凸を生み出している。普段着込まれている為か、それとも着物により着痩せしている為か、これらに感じるギャップには実はかなりクるものがあったりする。あ、やべえ。勃ってきた。てか今日ってヤれんのかな。これすげえ今ヤりてぇんだけど。てか何の話してたっけ。おっさんのどこが好きかって話だっけ?どこが?おっさんのどこが…


「……体かな」
「………」

 

 言ってしまってからハッとした。ヤベェ、いやこの回答はマズい。

 

「あ…あー…いや……」
「ほーう…」

 

 あ、これ怒ってるわ。顔とか表情とか全然変わってないけど怒ってるわ。確実にキレてますわ。

 

「や、ちが、違うんだよ、今のはうっかり…」
「つまり本心か」

 

 瀬川は冷や汗が止まらなかった。滝汗である。
 ダイヤモンドダストを纏った目の前の恋人はスッと立ち上がり、それ以降何も言わずにリビングから立ち去っていった。

 

(あああ…俺の馬鹿…)

 

 瀬川は最早がっくりとその場に項垂れるしかなかった。

 

 

 

 


「先パイがデリカシーにやや欠ける事は知ってましたけど、まさかそんな馬鹿だったとは思いもよりませんでした」
「うるせぇ…追い打ちかけんなよ…」

 

 瀬川は張り込み中の車の中、後輩刑事の南にこってり絞られていた。あれから二週間。怖くて彼の家には行けていない。電話もメールもない。瀬川は半ば鬱状態であった。

 

「て言うか、何ですか"体"って…普通恋人に言う言葉じゃないですよ、本心だとしても口には出しませんよ」
「だ、だからうっかり出たんだよ…口から…」
「だから、うっかりって事は本心なんでしょう?」
「違っっ……くねぇけど…」

 

 そう、違くはないのだ。確かに俺はあの時どこが好きかと言われ、それについて考えていた。そして考え付いた結果があれだったのだ。

 

「うわ…最低」
「っせー!!!」
「て言うかなんでそこで身体的特徴から探しちゃうんですか…普通性格とかから探しません?」
「し…しかたねーだろ…癖なんだよ…」

 

 と、瀬川は過去に付き合ってきた女達の事を脳裏に浮かばせた。今までの恋愛はどれも体から入るものばかりだったのだ。正直性格は二の次だった。好きなところを聞かれて体から入るのはある意味反射だった。

 

「栞那居先生が可哀想…せっかく出来た恋人がこんな下半身クズだなんて…きっと今頃枕を涙で濡らしてますよ…」
「いや、それはねえだろ…」
「じゃあ今頃寂しさを紛らわす為に他の人と組んず解れつしてるかもしれないですね」
「なっ…」

 

 まさか、とは思うものの、はじめての時だってまだ付き合うどころか想いを通じあってもいない自分相手に易々と身体を開いたあの男である。(その経緯については長くなるので割愛する。)
 万が一、でもあり得るかもしれない。そう思うとどっと不安が押し寄せてきた。

 

「…先輩」
「……なんだよ」
「何考えてるのかはわかりますけど、駆け付けるのなら仕事終わってからにしてくださいね」
 
 ハンドルを握り締めわなわなと震える瀬川に、南は呆れるようにため息を吐いた。

 

 

 

 


「おっさん!!!!」

 

 夜、ガチャガチャガララッと言う音を立て、瀬川は合鍵を使い尊宅の玄関の扉を勢いよく開け、叫んだ。
 なんやなんや、騒がしいな〜とのんびりとした声を出しながら廊下の向こうから現れた二週間ぶりに見る恋人の姿に、ドクリの心臓が一度高鳴った。のろのろと歩いて玄関までやってきた尊は最後に会った時と変わらない笑顔で、変わらない佇まいだ。その姿に瀬川は安堵するものの、すぐさま本題を思い出し、言葉を繋げた。

 

「おっさん、前に言った事だけどな」

 

 そこで一息つくと、瀬川は一気にまくし立てた。


「この前あんたの身体が好きって言った事だけどな、あんたの身体は俺があんたの中で好きな部分の一部なんであって、本当は他にも色々と好きな部分はあるんであって、あの時頭の中で考えてたのがあんたの身体の事についてだったから咄嗟に身体って言葉が出たんであって、間違ってもあんたの身体だけが好きとかそう言う意味じゃないからな!!!!!」


「……………」


 息継ぎもせず言い切ったためか、瀬川は俯きゼー、ゼー、と息を荒げた。本当はもっと言いたい事があった筈なのだが、上手く言葉に出来なかった。瀬川はチラリと尊を見やる。一体どんな顔をされているのか。

 

「…圭一」

 

 尊は右手でポリポリと首の後ろを掻いた。そして言った。


「そう言う事はご近所さんに恥ずかしいから扉閉めてから言って欲しいんやけど」

 

「ウッ…」

 

 

 

 


 実に二週間ぶりだ。やっぱりこの家は安心する。数分前に二週間ぶりに恋人の手料理を平らげた瀬川はテーブルの側で横になりながらしみじみと思った。尊は食べ終わった食器を食洗機にセットしている。たったの二週間来なかっただけなのに、この光景もなんだか久しぶりに感じる。

 

「おっさん」

 

 瀬川は寝転んだ状態で、尊を呼んだ。

 

「この二週間、なんもなかったよな?」

 

 それは昼間に南に言われて生まれた不安であった。実際、二週間ぶりに彼の姿を見て、そんなわけはないと考え直したものの、やはりまだ一抹の不安はある。

 

「二週間、俺が来なくて他の奴のところに行ったりしてないよな?」
「なんや、俺が浮気したとでも?」
「別に、念の為だよ」

 

 尊はゆっくりと瀬川に近づく。(彼は脚が悪く、杖がない状態で歩くと基本ゆっくりになるのだ。)寝転がる瀬川の顔を挟むように両手を床についた。真っ直ぐに、瀬川と見つめ合う形となる。

 

「…なんだよ」

「圭一」

 

 ちゅ、と一瞬吸い付くだけの口付けを落とした。

 

「俺がお前以外に興味無い事なんかとっくに知っとるやろ?」

 

 滅多に見開かれないその目が薄く開いて瀬川を見つめている。瀬川はこの目が好きだった。他の人間には決して見せる事のない、この男の本当の姿。自分しか知らない、瞼の裏にあるドロドロとした欲に濡れた目を。

 

「知ってるよ」

 

 瀬川は尊の首の後ろに手をやり頭を引き寄せ、その唇に噛み付いた。無理やり舌を滑り込ませると逃げる事なく自ら舌を絡ませてくる。

 

「ふ、ん、ん、」

 

 尊はたまらないと言った風に、声を漏らす。床についたままだった腕から力を抜き、身体と身体を重ね合わせるように徐々に瀬川に身体を預けていった。お互いの隆起した熱が布越しに擦れ合う。はじめは偶然擦れ合うだけだったそれも、明確な快楽を得んと次第にはわざと身体を擦り付けた。

 

「あ」

 

 尊が声を上げる。瀬川の掌が着物越しに尊の盛り上がった尻を撫でたのである。腕の長さの限界か、一番盛り上がった部分を摩るだけの行為であったが、それでも尊はその先の快感を想像し、いやらしく声を上げた。

 

「おい、まさか尻触っただけでイったりしねえだろうな?」
「ん、んん」

 

 イくかもしれない。尊は熱に魘される思考でそう思った。実は尊の方こそ限界に来ていたのだ。この二週間、ほぼ毎日来ていた恋人の訪問が止み、二、三日に一度の頻度で行われていたセックスも無くなった。いつもなら逢瀬に間が空く場合は必ず連絡があったし、その直前は必ず滅茶苦茶に抱かれた。だが今回はそうではなかった。あの日、本当は抱かれたかった。それなのに、ちょっとした諍いで先の見えない空白期間が出来てしまったのである。解放される筈だった熱は、次にいつ会えるのかもわからない不安に上乗せされ、燻り、尊は辛抱堪らなくなっていたのである。

 二週間ぶりだ。尊ははむ、はむ、と愛しい恋人の唇を童子の戯れのように食んだ。いつもはこの可愛い恋人の事を絶倫だなど我慢が足りないなどとおちょくってはいるが、実の所、自分も相当我慢が足りない人間なのである。タンスの奥深くに隠してある張り型でしょっちゅう一人遊びに耽っているなどと言う事は彼には内緒である。長く骨張った指で尻を揉まれ、尊の怒張はジンジンと張り詰めていた。

 

「うぅ…圭一…」
「ん?」
「お、れ、じ、焦らされんの、は、好きやない」
「へえ」

 

 ぎゅう、と尻を強く掴まれる。ビクン、と身体が跳ね、尊は瀬川の身体にしがみついた。もっと、ちゃんと、触って欲しい、布越しじゃなく、直に、
 そんな尊の願いが通じたのか、どうなのか、瀬川は空いたままだったもう片方の手を尊の火照った首筋に沿わせた。ピクリ、と肌が震える。その手を着物の隙間から入り込ませ、鎖骨を親指でなぞるように肩へと下ろしていく。自然と襟は肩までめくり上がり、上気した肌が露わになった。そしてめくり上がった襟はそのままに、掌を胸元へと下ろしていく。形のいい流線を描く胸筋をなぞり、その端に潜む小さな突起に触れた。

 

「あっ、ん、」

 

 既に硬くなっていたそれを人差し指と中指で転がすように刺激する。それだけで尊は身を捩り艶かしい声を上げる。敏感なのである。もっとも、開発したのは自分なのだが。

 

「おっさん……尊」

 

 普段は呼ばない下の名前で呼んでやると、ジワリと下腹部が濡れるのを感じた。溢れ出た先走りが布越しに伝わったのだ。

 

「身体起こせ、舐めてやる」

 

 尊は瀬川の両側に手をつき、ゆっくりと身体を起こした。上半身を起こし、瀬川の身体に馬乗りになる。はあ、はあ、と前戯を開始してあまり経っていないにも関わらず顔を赤らめ息を荒くし、欲で蕩けた目をする年上の恋人に、瀬川は苦笑した。それと同時に、ドクリと自身が一段階頭を擡げる感覚を覚えた。肩から半分ずり落とされた着物、そして瀬川を跨ぐ両脚の間では着物越しでもわかるほど、それが隆起しているのがわかった。
 瀬川は肘を使い上半身を起こした。目の前にはぷっくりと腫れ上がった乳首がある。戸惑う事なくそれを口に含んだ。

 

「あっ、あ、」

 

 ビクンと尊の腰が跳ねる。舌で乳輪をなぞってから、次に乳頭を押しつぶすように嬲る。もう片方の乳首は先程のように指で愛でた。いい反応だ。もっともこれも自分の開発の賜物なのだが。ジュ、と勢いよく乳首を吸う。

 

「あぁ、っ」

 

 ぐ、と瀬川の頭を抱えながら、尊は悶えた。悶えるしかなかった。気持ちいい。特に乳頭の頂にある窪みを刺激されると堪らなくなる。一人でする時に勿論乳首を弄る事はあるが、自分ではここまで気持ちよくなれないのだ。指でしか触れないと言うこともあるが、何よりも、瀬川は上手いのだ。元々風俗狂いであっただけあり(今も抜け切れてはいないようだが)、瀬川はセックスの技巧に長けていた。男を相手にする事も初めてではないと聞いた。指、舌、腰、その全てが尊の性感帯を的確に攻めてくる。毎度毎度このような攻められ方をされては敏感にならざるを得なかった。

 

「ふ、ふふ」
「あ?」

 

 尊はつい笑いを零してしまった。この歳でこの体たらくとは、なんとも愉快だった。そしてそれを喜んで受け入れている自分に対しても。

 

「随分余裕だな、足りねーか?」

 

 尊の笑いに何を思ったのか、瀬川は尊の腰に巻き付いた帯を解き、着物を緩めた。緩んだ着物の裾から手を差し込み、太腿を撫でるとピクリと跳ねた。

 

「あ、待、」

 

 そのまま、下着の上から尊の陰茎に触れた。既に硬く熱を持ち立ち上がったそれは下着を持ち上げ、その先端を濡らしているようだった。瀬川は下着の上からそれを扱き上げた。

 

「ん、んん…っ」

 

 ゴシゴシと繊維で激しく擦られ、尊は瀬川の頭を抱え身悶えた。頭に口元を当てくぐもった声を上げる。強弱を付け、時には激しく時には緩やかな刺激を与えられる。それに加え、乳首に与えられる刺激に、尊の腰は無意識に動いてしまう。

 

「け、けぇ、い、」
「随分ビクビクしてんな、イくには早過ぎんじゃねーか?」
「そ、こで、しゃべ…っ」

 

 瀬川は素早い手つきで尊の下着を捲り、陰茎を外に出した。突如外気に晒され驚く間も無く再び大きな掌で握り込まれ、更に激しく扱かれる。くちくちと言う音が室内に鳴り響く。

 

「ぁ、あ、あ、」

 

 ダメだ、イく、イ、

 ビクン!と身体を大きく震わせ、尊はイった。自身の先端から精液を吐き出した。
 たった二週間、出していなかっただけなのに、まるで久方振りのような感覚だった。びくびくと震え、幾度かに分けて精液を噴射する自身を朦朧とする視界にチラリと収め、尊は元より既に紅潮していた顔を更に赤くする。ハア、ハア、と息を吐き、呼吸を少しずつ整えた。
 その様子を黙って見ていた瀬川は、脱力し己に体重を掛ける重たい体に腕を回し、床に転がした。

 

「う、」

 

 ゴロンと仰向けに寝転がされた尊はハッと上を仰ぎ見た。そこには自らのベルトを外しズボンのジッパーを下げている瀬川の姿がある。

 

「舐めろ」

 

 膝立ちになり、下着越しに膨れ上がったそこを見せながら瀬川は言った。尊は未だ整えきらない息を吐いて、体を起こした。ずり、と余韻に痺れる身体を引きずり瀬川の股間に顔を近づけた。
 下着に手をかけ、ゆっくりと下に下ろしていく。勢いよく飛び出した高く立ち上がった大きなそれに、くちびるを寄せる。血管の筋を辿るように舌を這わせ、下から上へ、先端の窪みへと、唾液を充分に滲ませながら舐め上げた。
 両手で竿を支えながら亀頭を口に含みゆっくりと口に含んでいく。

 

「ん、ぐ」

 

 口に含み切れない部分を手で扱きながら、尊は頭を動かし始めた。ジュポ、ジュポと音を立て口全体で何度も自身を扱き上げる。時には喉まで飲み込み、喉奥で締め上げ、時には口から出し舌で先端を刺激する。瀬川は少しずつ息を荒げていく。直接与えられる刺激と視覚的な興奮とで、自身は更に腫れ上がっていった。

 

「美味そうにしゃぶるよなぁ」

 

 くしゃ、と尊の短い癖毛を撫でる。

 

「そんなに好きか?」

 

 尊はチラリと上を見た。そしてニコリと目を細めた。普段の笑顔とは違う。妖艶な笑みだ。赤らんだ顔と濡れた目と、自らを咥えるために大きく開かれた濡れた唇。

 

(たまんねー…)

 

 限界だった。

 

 瀬川は尊の髪を掴んで腰を引き、自身から口を離させた。

 

「げほっ、けほ」

 

 突如口内に大量の空気が入り込み、尊は噎せた。しかしそんな様子を気遣う事も無く瀬川はその肩を掴み、俯せに床に押し倒した。乱れ身体に緩く巻き付くだけとなっていた帯を引き抜き、尻が露わになるよう裾を捲り上げる。

 

「ちょ、お…っ」

 

 性急な行動に尊は少し戸惑った。しかし有無を言わさぬ態度で腰を掴まれ、まるで尻だけを高く上げさせられているような体勢となってしまった。

 

「け、圭一…」

 

 何をされるかはわかっていた。
 瀬川は背後で何やらゴソゴソと何かを漁っているような物音を立てている。その後、カポッと言う音が鳴った。

 

「冷たいだろうが、我慢しろよ」

 

 そう言った次の瞬間、尻に冷たい何かが触れた。いや、垂らされたと言った方が正しいか。恐らくローションだろう。タラリと尻の穴を目掛けて垂らされたそれは下へと伝い、カーペットを汚す。ああ、洗濯が面倒やから下に何か敷けっていつも言ってんのに。尊は頭の片隅でそんな事を思う。普段ならここで一言小言を言うのだが、今日に限ってはそんな余裕は無かった。
 ぬるりと、瀬川は小さく窄まった尻の穴に指を這わせた。たった二週間触れていなかっただけなのに、どうやらそこはいつもよりも閉ざされているようだった。蟻の門渡りをなぞるようにローションを塗りつけ、ゆっくりと中指を埋めていく。

 

「う、ん」
「…力抜け」

 

 は、と息を吐き、尊は下半身の力を緩める。何度もしてきた行為だ。どこをどうすれば円滑に事を進められるのかは分かっていた。抵抗の少なくなった中指はすんなりと中へと吸い込まれていく。尊は息を詰める。そのまま前側の腸壁を辿るように指を押し進められる。すると、ある程度行ったところでぽこりと膨らんだ箇所に触れた。

 

「あ、あっ」

 

 ピクンと尊の身体が跳ね、後孔がきゅうと締まる。瀬川は口元で笑みを作ると何度もそこを押し刺激した。

 

「ん、んぐ、ん…っ」

 

 くちくちと後孔から音が漏れる。はしたない声が上がらないよう口元を押さえるが、それでもくぐもった声が漏れてしまう。
 瀬川は一度指を引き抜き、今度は人差し指と中指を同時に嵌め、同じように攻めた。クチュクチュといやらしい音が鳴る。そしてそのまま、薬指も挿入する。今度は先程よりも激しく、中を擦り上げた。

 

「あ、あっ、ああ、」

 

 途端、尊の身体がビクビクと痙攣するように撓った。後孔を指で掻き回され、中からはローションが泡立ったものが溢れ出している。まるで女の穴のように。口元にあった手は反射的に口から離れ、顔の横でカーペットに爪を立てた。

 

「け、けーい、ち、」
「ん?」
「も、お…」
「もう、何だ?」

 

 己の肩越しに瀬川を見る。何が言いたいか分かっているくせに、ニヤニヤといやらしい顔で笑っていた。

 

「い…」

 

 じっと、意地悪な顔をした恋人を見つめる。ぽろ、と、自身の目から涙が溢れるのを感じた。

 

「いれて…」
「…っ」

 

 ゾクリ、と、身体の芯が震えた。この男のこんな顔は、自分しか知らないのだ。
 瀬川はローションと腸液で濡れた指を引き抜き、べっとりと濡れた穴に固くなった自身の先端を押し当てた。

 

「あっ、く、う…っ」

 

 ずぶりと指よりも太いものが中に入ってくる。押し込まれる感覚に尊は苦しげな声を上げた。

 

(こいつ、またゴム…)

 

 付けてへんやんけ。そう思うも口に出す余裕も無く、じわじわと自分の身体を抉っていくそれに感覚を支配されていった。
 ゴム越しでないその感触はいつもよりも熱く、生々しい。

 

「は…っ」

 

 瀬川はうつ伏せの尊の顔の両側に手を付き、体重を掛けながらそれを中に全て押し込んだ。
 床に頭を擦り付けるように下を向く尊の首筋は真っ赤に染まり、剥き出しになった肩ははあはあと息をする度に上下に動いていた。瀬川はその首筋にざらりと舌を這わせた。すると尊はビクリと身体を跳ねさせる。と同時に尻の穴のキュウと締まった。

 

「…尊」
「っ…」

 

 動いていいか。耳元でそう囁かれる。こんな言われ方をして首を横に振れるわけがない。尊はコクコクと、首を縦に振った。
 瀬川は首筋に顔を埋めた体勢のまま、ゆっくりと腰を後ろに引いたかと思うと、勢いよく尻を突いた。

 

「あ、あっ!」

 

 いきなり最奥を突かれ、尊の口からあられもない声が出る。瀬川は身体を起こし尊の腰を掴むと、再度ゆっくりと腰を引きまた奥まで突いた。そしてそのままピストンする。

 

「ひ、ぐ、」

 

 ぱちゅぱちゅと音を立てて、結合部が擦れ上がる。何度も何度も敏感な部分を擦られて、腰が動かされる度に尊の身体はビクビクと跳ねた。押し寄せる快感の波から逃げようとするも、腰を固定され逃げられない。されるがままに身体を揺さぶられた。

 

「あ、ああっ、あ、けえ、い、」
「は…、何だ…?」
「い、あ、はげし、いっ、」

 

 激しい摩擦に中のローションが白く濁っていく。それが溢れ卑猥な音となって二人の隙間を埋め尽くしていく。

 

「激しくされんの、好きなんだろ、」
「ん、や、ああっ、あっ、」
「だったら、文句言うな、黙って、感じてろ、よ…っ」
「あぁあっ!」

 

 ゴリ、と奥の奥、中で折れ曲がったところまで突き上げられた。奥まったそこに先端を突き刺され、何度も揺さぶられる。

 

「あ、いやや、そこ、あ、」

 

 そこはいやだ、自分が自分で無くなってしまう。尊は後ろに手を伸ばし制しようとしたが、逆にその手を掴まれてしまった。

 

「嫌じゃねーだろ」

 

 嫌や、やって、この前も、

 

「この前ここでイけたじゃねーか」

 

 あれは、あんなのは、

 

「女みてーにイってみろよ」

 

 グイ、と腕を引っ張られ、その反動で更に奥を突かれる羽目になる。あまりの事に尊は目を見開き叫んだ。

 

「うあ、あ、あああっ!」

 

 ガクガクと膝が震えたかと思うと、ガクリとカーペットに上半身を突っ伏した。

 

「…イけたな」

 

 びく、びく、と痙攣する汗でベタついた背中に、瀬川は掌を這わせる。尊の自身は解放されないままピクピクと震えていた。

 

「……死ね」
「はは」

 

 尊は顔を横にし視線だけをこちらに向け悪態をついた。しかしその顔は真っ赤に上気しおまけに汗と涙と涎で相手を威圧させるには程遠い。瀬川は尻に埋めた自身はそのままに、尊の身体を反転させた。

 

「…っ」

 

 結合部を擦られる感覚に尊は身悶える。正常位の体勢にさせられると、間を持たず瀬川は再び腰を動かし始めた。

 

「あっ!んん、待っ、」
「どうせ死ぬなら腹上死がいいな」
「あ、あっ、あんっ、あっ」

 

 肌と肌がぶつかり合う音と、結合部が擦れ合う卑猥な音が絶え間なく部屋に響く。
 揺さぶられ、突かれ、徐々に意識が朦朧とし出す。尊は瀬川の背を掻き抱き、ワイシャツ越しに爪を立てた。

 

「はあ、は…っ、きもちい…」

 

 快感で思考に靄が掛かる。それは瀬川も同じだった。いつからなのか、小さくて、柔らかくて、良い匂いがして、そんな女にしか勃たなかった筈の自分が、こんな自分より一回り近くも年上の男に、今はこんなにも翻弄されている。小さくもない、柔らかくもない、こんな畳の匂いがこびりついた男に。

 

「け、いち」

 

 低く、掠れた声が耳元で、俺の名を呼ぶ。

 

「すきやで」
「っ!」

 

 くそ、なんだってこいつは、

 

「あ、なんでおっきく、な」
「うるせえ…!てめぇのせいだ!」

 

 瀬川は勢いよく身体を起こすとさらに激しく腰を打ち付けた。張り詰めたままの尊の自身を掴み、上下に扱き上げる。

 

「ひっ、や、待っ」

 

 ぐちゅぐちゅと赤く腫れた皮膚を刺激され、吐精感が急激に襲い来る。後ろだけの快感に囚われていた為に、突如襲い掛かってきた前からの快感に尊は自制と言うものが一気に崩れ落ちていくのを感じた。

 

「あぅ、い、いく、いくっ、」

 

 ビクッ、と大きく身体を震わせ、射精した。扱き上げる手の動きに合わせて何度も自身の先端から精液が溢れ出す。
 瀬川はそれを見届けると、自身から手を離し尊の腰を掴んだ。ラストスパートを掛けるかのように、力強く最奥を突く。何度も、何度も。

 

「あ、や…っ、止まっ…」
「俺が…っ、イくまで我慢しろって…っ」

 

 止まらない律動に尊は腰を掴む瀬川の腕に縋った。まるで下半身が溶けてドロドロになったような感覚だった。一突きされる度に脳内に電流が走る。

 

「っ…中に出すからな」
「や、やめ…っ」

 

 次の瞬間、瀬川は尊の腹の中に射精した。奥へ奥へと打ち込むように、ずぶりと自身を最奥に差し込んだまま、二週間分の欲求を尊の中に全て吐き出した。

 


 腹の中が律動する。中が温かいもので満たされていく感覚に、尊は、これが自分が彼に愛されている証なのかもしれないと、ポツリと思った。

 

 

 

 

 

 


「俺の言いたい事はわかってるな?」
「はい…」

 

 翌朝。瀬川は寝室の畳の上に敷かれた布団の上で正座させられていた。目の前には仁王立ちの尊。その表情は変わらず笑顔だが、どこか冷たい風が背後から流れているようだった。

 

「ゴムはちゃんとつける事。つけないなら中には出さない。無茶をさせるなら後の事は自分でやる。」
「はい…」
「あの後誰が散らかした服を片付けたと思ってる?」
「た、尊さんです…」

 

 あの後、(元々仕事で疲れていたとは言え)あろう事かそのまま寝落ちした瀬川に代わり、尊は一人痛む下半身を引きずりながら後片付けをし、風呂場で自分の下半身の後処理もして、瀬川の重い体を引きずり寝室まで運んでやったのである。

 

「そもそも疲れてる日にセックスは控えろといつも言ってるやろ、何度寝落ちすれば気がすむんや」
「え、でも昨日のはあんたの方が誘…」
「あん?」
「な、なんでもないっす…」

 

 少々腑に落ちない部分もあるが概ね自分に非があるのは間違いないので、瀬川は痺れる足を解く事が出来ない現状を甘んじて受け入れていた。正直言うとこの説教も始めてではない。

 

「くっそ…昨日はあんなに可愛かったのに…」
「………」

 

 ピキリ、と固まった尊に瀬川はしまった、と口を手で塞いだ。

 

(や、やべえ…声に出てた…)

 

 恐る恐る視線を上げる。
 いつも笑顔で表情の変わらない尊だが(セックスの時は除くが)、そんな尊が唯一感情を表情に出す時があるのだ。それが怒った時なのである。それも生半可な怒りではない、静かに、心の中で本気でブチ切れている時なのだ。正直あの顔は何度見ても恐ろしいし何度去勢されると思った事かと、いつ思い出しても震える程だ。
 今もそんな顔をしているのではないか、そう思い尊の顔を見た。しかし、

 

「………」

 

 そこにあったのは笑顔でも怒り顔でもない、目を開き、顔を真っ赤に染めて口をわなわなと震わせた、まるで狼狽えているかのような顔だった。

 

「は、え?」
「…っ」

 

 バッと顔を背けると、尊はそのまま足早に部屋から去って行ってしまった。そしてその場にはポカンと呆気にとられた表情の瀬川だけが残された。

 

「な……」

 

 なんだあれ……なんだあれ…!?

 瀬川がガバリと立ち上がり、同じく足早に部屋を出た。そして廊下の向こうへ遠ざかる足音を急いで追いかけた。

 


 あの表情の意味を知った彼が、明日の朝再び同じ説教を受ける羽目になるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

終わり。