尻ポケットに入れたままだった携帯がブルブルと震え、俺はパッと取り出しLINEの画面を開いた。
『今日の夜いけそうだよ』
自然と表情がにやける。俺は『じゃあ夜9時にそっちに迎えにいきます』と返信をする。するとすぐに既読が付き、『待ってるよ(なんか凄い可愛い絵文字)』と言う返信が返ってきた。
「ふふふ…」
幸せだ。俺は携帯を両手で握りしめ向かっていた机に顔を埋め不気味な笑い声を上げた。
「キモいぞ由樹(ゆき)」
同じ楽屋でファッション雑誌を巡っていた、同じメンバーの一人の達也は心底不気味そうな顔をしながら言った。そりゃそうだ、何故なら今俺は人生で一番幸せな時と言っても過言ではないのだ。気持ち悪くもなるってもんだ。
「恋人が出来たくらいで何をそんな浮かれてんだか」
「なんやたっつん、嫉妬か?」
「お前のそう言うとこほんとウザいわ」
達也はため息を吐くと再びファッション雑誌に目を落とした。キモかろうがウザかろうが構わない。俺は今最高に惚気ていた。今日の夜が楽しみでたまらなかった。
俺の名前は宮前由樹(みやまえゆき)。よく『よしき』と間違えられるが、『ゆき』だ。女みたいな名前で子供の頃はとても嫌だったが、今はあまり気にしていない。生まれは大阪。今は歌って踊る、所謂アイドルをしている。
俺には、事務所にスカウトされてアイドルになる前からずっと憧れている人がいた。昔からよく買っていたファッション雑誌にいつも載っていた綺麗でかっこよくて、笑顔が可愛い、憧れの人。モデルの佐伯長門(さえきながと)さん。物心ついた頃からバイセクの気があった俺だが、彼は俺のどストライクだった。いつか生でお会いしたい…それこそまるでアイドルに恋をするドルオタのように、俺は彼の切り抜きを纏め、ブロマイドを集めまくっていた。
スカウトされた時はチャンスだと思った。昔からこの女っぽい外見をあまり好きになれなかったが、この時ばかりは感謝した。あの人に会えるかもしれない。アイドルとしてデビューした俺は、とにかくガムシャラに頑張った。全ては憧れのあの人と出会うために。
そして、デビューから5年、その日は訪れた。メンバー全員で出演したバラエティ番組で、偶然彼と共演したのだ。なんと言っても、彼は俳優やアイドルではなくモデルであるため滅多にこのような番組には出ないのだが、丁度その頃から、少しずつ役者の仕事を始めていたため、当時出演していたドラマの宣伝の為に出演していたのだ。
いざその時になると、俺は緊張でガチガチになってしまった。収録前のアンケートで彼のファンである事を伝えていた為、司会者には弄られたが、あまりにも固まってしまって何も話す事が出来なかったのである。(ちなみにそこはいつものギャップを司会者やメンバーに弄られ番組的にはプラスにはなっていた。)
駄目だった。ずっとずっと憧れていたんだ。そんな彼が目の前にいる。触れられる場所に立っている。紙媒体で見た、あの優しそうな柔らかい笑顔を、俺に向けている。収録が終わり、楽屋に戻る直前に、俺はトイレに駆け込んだ。個室に入り、トイレットペーパーが無くなるくらい、只管抜いた。その時、俺は行き過ぎたこの憧れの気持ちが恋に変わってしまった事に気がついたのだ。
大量に消費してしまったトイレットペーパーを詰まらないように小分けにしてトイレに流し、俺はトイレから出た。
『あ、宮前くん』
天使の声が聞こえた。
『さ、佐伯さん』
『お疲れ様、もう大丈夫?』
さっきまで散々抜いていたトイレから出た瞬間に、そのおかずにしてしまった張本人とかち合うと言うこのシチュエーションに驚く間も無く、俺は佐伯さんのその言葉に体を強張らせた。
大丈夫って何だ?まさか、抜いてた事に気付かれたのか?どっと汗が噴き出たが、次の佐伯さんの言葉でふっと肩を撫で下ろした。
『随分と緊張してたじゃない、具合でも悪かったのかなと思って』
『あ、いや、あれは』
あなたが好き過ぎて動悸息切れを起こしていたんです。とまでは言えなかった。男の俺が明らかにファンの域を超える感情を抱いてるなんて事、知られたら嫌われるに決まってる。
『ああ、そうだ』
先程ほどではないにしろ、相変わらずガチガチに緊張してしまっている俺に、佐伯さんはスッと何かを差し出した。缶コーヒーだ。
『よければあげるよ、落ち着くよ』
そっと俺の手を取り(さ、佐伯さんに触られたああああはわわわわわわわわ)あたたかい缶コーヒーを握らせた。じゃあね、と佐伯さんは最高にかっこよく俺に手を振って、廊下の向こうへと去っていった。
その後、俺が再びトイレに駆け込んだのは言うまでもない。
あれから3年。この恋を成就させるため、気をとりなおし猛アタックを始めた俺は晴れて一週間前、彼を心を射止める事に成功したのだ。(長かったようで短い3年間だった。)とは言えすぐに告白して恋人に、と言うわけではなかった。赤の他人から気のいい友人にまではすぐになれたが、そこからが長かった。相手はいたって普通の嗜好を持ったノーマルだったからだ。(現に、初めて会った時には彼女がいた。)その後彼女に振られた心の隙間に入りこんだりと何かと試行錯誤を繰り返した。しかし最後は酒に飲まれた勢いでポロリと本音を言ってしまったのだ。当然彼は戸惑い、俺も我に帰り顔面蒼白になった。嫌われる、そう思ったが意外にも彼は考えさせて欲しいとだけ言い、その場はお開きとなったのだ。そこから数週間、連絡を取れない日が続いた。(拒否していたわけではなく単にお互い連絡を取ろうとしなかった。)それからしばらくし、たまたま番組の収録で一緒になった時、収録後楽屋へと戻る途中の廊下で彼に腕を掴まれた。
あの時の顔はきっと一生忘れられないだろう。目に涙を溜めながら、佐伯さんは『僕も好きだよ』と聞こえるか聞こえないかと言う声でそう呟いた。
と、まあそんな感じで俺と佐伯さんは恋人同士になったのである。ちなみにその後、俺たちは人のいない楽屋に入り数週間会えなかった分を埋めるかのように話をし、キスをした。本当はそのままお持ち帰りしたかったのだが、お互いに仕事が立て込んでおりその日はそのまま別れ、俺は直後にトイレに直行して抜いた。
あの日からまだ一度も会っていない。何度か約束を取り付け、今日漸く会えるのだ。
(ああ、はよ会いたいなあ)
俺は胸を躍らせ、携帯を握りしめた。
夜9時、仕事を終えた俺は時間丁度に彼が撮影をしているスタジオに着いた。スタジオに入ると丁度撮影が終わったところなのか、大勢のスタッフが機材等を片付けているところだった。俺はキョロキョロと目当ての人物を探す。(ハタから見ると少し怪しく見えたかもしれないが、気にしていられない。)
「ゆきちゃん」
天使の声が聞こえた。
佐伯さんはおそらく撮影の為の衣装だろうか、スーツに、首にストールを巻きいつもとは違う黒のハットを被っていた。その姿のままこちらへと駆け寄ってくる。
「あっ、佐伯さんお疲れっス!」
「ゆきちゃんもお疲れ、ちょっと待っててね、着替えてくるから」
去っていく後ろ姿を見送りながら、ああ、くそ、いますぐ抱きしめたい、て言うかキスしたい、ヤりたい、そんな不埒な事を思いながら俺はとりあえず邪魔にならないように部屋の隅に寄った。
当然の事ながら、俺たちの関係は他に知られてはいけない。大事なのは我慢だ。
暫くして、先程の衣装から普段の格好に戻った佐伯さんが現れた。佐伯さんは帽子が好きらしく、仕事中でもトレードマークみたいに常に被っている。今は先程とは違いいつもよく被っているカーキ色のハットを被っていた。さっきのもクールな感じで格好よかったけど、やっぱりいつもの佐伯さんも格好ええなぁ、俺は生唾を飲みながら彼の元へ駆け寄り、横に並んでスタジオを後にした。
「佐伯さん何食いたいですか?」
外に出たところでそう尋ねた。しかし返答がない。俺は気になって横にいる彼を振り向いた。
「佐伯さん?」
「あ、あー…あの、さ」
何やら言いづらそうにモゴモゴしている。(可愛い。)
「あれだろ?その、暫く一緒に食べに行ってなかったし…」
「ああ…そう言えばそうですね」
「だからさ、なんか、二人で、二人きりで、食べたいなぁ、と、思っ…」
声が窄まりすぎて語尾が聞き取れなかったが、もはやそんな事を気にしている場合ではなかった。二人きりで!?それはつまり??
「俺んちで食べます?」
「へ」
「佐伯さんちでもええですよ」
この3年間で、俺は外面を取り繕うと言う事を覚えた。いたって落ち着いた素振りでそう切り出したのである。内心はドキドキである。
「あ…じゃあ、お邪魔してもいい、かな」
「どーぞどーぞ」
ニコッといたって爽やかな笑顔でそう答えた。(内心ニヤニヤが止まらなかった。)
お互いの家には既に上がった事があったが、恋人同士になってからは勿論なかった。付き合い初めてまだわすが一週間、今日何かが進展するとは思っていないが、それでもドキドキしてしまう。しかもよりによって彼の方から切り出してくれるとは思ってもみなかったのだから。
「人目あったらイチャイチャ出来ないしね」
ニコニコと、少し顔を赤らめながらそう言う彼に、やっぱり今日押し倒してもええやろか、と相変わらず不埒な事を思う自分がいた。
時計の針が0時を越えようとしていた頃、我が家の質素なテーブルの上にはいくつかの空になった皿と空になったビールの缶が転がっていた。
(あかん…これはあかん)
俺は手に持ったほぼ空になっていたビール缶を握り潰さん限りの力で手に持ち震えていた。首筋を擽る感触に肩に掛かる重さ。酔い潰れたらしい佐伯さんは俺の肩に頭を乗せ夢の中だった。
佐伯さんはこう見えてとても酒に弱い。いつもは大分セーブして飲んでいるのだと自分で言っていた。その為かベロベロに酔っ払ったりする姿は見たことがなかったのだ。なのに何故、今このような状態に陥っているのだろうか。確かに普段と比べて大分酒が進んでいる気がしたが、気を抜いてくれているのだろうと嬉しく思っていた。思っていたが。俺はブルブルと缶を握る手を更に震わせる。
「ゆきちゃん…」
「は、はいっ!」
ビックゥと体を揺らす。どうやら目が覚めたらしくしぱしぱと目を瞬かせた佐伯さんが俺の顔を覗き込んでいた。
「今…何時…」
「あ、今、もう12時です」
12時…まだ半分寝ている佐伯さんはボーッとした口調で呟いた。
「佐伯さん、も、えらい酔うてるし、もう帰ります?」
俺は理性を総動員させて言った。佐伯の体を支える為にその肩に手を触れる。すると佐伯さんは、片手でその手を制した。
「…ゆきちゃん」
「は、はい?」
ゆっくりと体を起こす。佐伯さんの方が少し背が高いため、俺は彼を見上げる形になった。未だうっとりとした目で俺を見つめる。
「キスしよう」
「へ」
言うがはやいか、佐伯さんは俺の唇に自分のものを合わせてきた。
「ん、ぅ」
触れているだけなのに、どこかいやらしいキスだ。薄々気付いていたけど、佐伯さんはキスが上手い気がする。その心地よさに気を抜いて唇を開くと、隙間から舌を差し込まれた。
「ふぁ、えき、さ」
やばいやばいやばい、これ以上はほんまやばいからあかんて
そんな俺の訴えも虚しく、唇の交わりは徐々に深くなっていく。舌を絡ませ、隙間を塞ぐように唇を合わせる。角度を変えて、何度も。一週間前に交わしたキスよりもずっと深く濃厚なそれに、俺の理性ははち切れそうだった。
ちょっとくらい…などという不埒な考えが頭をよぎる程に。
「名前…」
「ふ、…はい?」
「名前呼んで」
唇を離し至近距離で佐伯さんは言った。
「な」
「な?」
「ながと、さん」
「なに?ゆきちゃん」
あっもうこれあかん、もう我慢出来ん
俺は噛みつくようにして、長門さんに口付けた。
「ん」
肩に手をやりゆっくりと床に押し倒す。唇を離し、うっすらと色付いた首筋に舌を這わせる。少し汗ばんだその肌はしっとりと舌に吸い付く。そのまま開いた襟元を辿り鎖骨に行き着いた。
「あと、つけたらだめだよ」
その言葉に、ぞわぞわと言う感覚が下半身を巡り背筋を駆け上がった。
「跡、つける以外なら何してもええんですか?」
「ん…」
ズリ、と膝で股間を押し上げる。反応…してるのかはわからなかったが、もう止まれなかった。
片手で彼のベルトのバックルを外し前を寛げる。そこから滑り込ませた手で、下着の上から柔らかい局部に触れた。
「あっ」
さわさわと撫でるように揉むように触るとじわじわと硬さと熱を持ち始める。耐えきれず、ズボンと下着を太ももまでずらし自身を露わにさせた。
長門さんの、長門さんのちんこだ…うわあ…
俺は性急に自らもズボンと下着をずらし、既にいきり立った自身を手に取った。自らの先走りで手を濡らし、長門さんのそれとくっつけゆっくりと腰を動かす。
「あ、ふ、」
ぬるぬるという感触と、萎えていた長門さんのものが徐々に硬くなっていく感触。興奮してたまらない。俺は二人の間に手を滑り込ませ、自身を二つ同時に握り込んだ。腰の動きはそのままに、にちゃにちゃと擦れる音に更に興奮しながら手で擦り上げる。時々長門さんの真っ赤に腫れた先端を指で引っ掻くと、長門さんは小さくあっと喘いだ。
はあはあと息遣いと粘着質な音だけが部屋に充満する。う、ん、と途切れ途切れに声を上げていた長門さんの体が、びくりと震えた。次の瞬間先端から白い液体がパタパタと飛び散った。
数秒置いて、俺も精液を吐き出した。はあはあと言う息遣いはそのままに、俺は長門さんの上に覆い被さり体を寄せた。長門さんも俺の背中に腕を回してくれた。
夢みたいだ。あの長門さんが今俺の腕の中にいるなんて。気がつくと俺の自身は再び熱を取り戻している。
「長門さん…」
俺は耳元で名前を呼んだ。
「長門さん、もういっかい…」
………。
あれ?
腕を回されてから反応がない。俺はもしやと思い体を起こし長門さんの上から起き上がった。
案の定、長門さんは目を閉じスヤスヤと眠っていた。
「う…」
嘘やろ…
俺は膝立ちになり自分の息子を一瞥した。もはや収まりようのない有様。ああ、俺は天井を仰ぎ見た。
(まあ…付き合って一週間でここまで出来たらええ方やろ…)
これまでの5年+3年に比べればなんて事はない…。そう思い、俺はすっかり寝こけてしまった長門さんの身なりを整え、自らは一人、そのままの姿でトイレに閉じこもったのであった。
続?